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<講演会報告>『ショック・ドクトリン』上映会+トークライブ

最終更新日 2013年 10月 22日 15822 views

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  10月5日におこなわれた映画『ショック・ドクトリン』の上映後におこなわれた中山智香子さんと内田聖子さんのトークライブの内容を一部抜粋して報告します。

 

新自由主義な政策は民主主義とは合わない

内田: 映画ではかなり急テンポで世界のいろんな出来事が進んでいきます。押さえておくべきポイントをいくつかかいつまんでご紹介いただきたいのですが。

 

中山: 映画の中で比較的多くチリの話が出るのですがそれが第一のポイントです。新自由主義と言うと普通、1980年代に出てくる英米圏のサッチャーやレーガン、日本で言うとその時期は中曽根ですが、それらに先立ってすでに70年代にチリで始まったのです。

  1973年9月11日、ピノチェト将軍がクーデタを起こしました。クーデタの後にスタジアムに人を収容したり、虐殺を行ったり、拉致を行ったり、反対者、批判者たちを非人道的に弾圧しながら、市場開放の経済政策を進めました。これまで、この二つは別の物事として理解されていた。確かにピノチェトはとんでもないが、経済政策としては「チリの奇蹟」であると。新自由主義的な政策によりいろんな国がチリの産物、農産物などを貿易で買えるようになった、チリには外国資本が自由に参入するようになった。このこと自体はいいことなのだと理解されてきた。

  ところがナオミ・クラインは、実はそうじゃないと(指摘した)。ピノチェトがやっていた非常に強圧的な政治、軍事と新自由主義の経済政策は実は一体なのだと。なぜかと言うと、その政策をやると、多くの人が苦しむ結果になる。グローバル世界に向けて開かれた国内をいざ見てみると、多くの人が貧困にあえぎ、インフレが止まらない、失業が増える。

  そこでこの政策に反対する人たちが非常に多く出てくるので、政権の側は民主主義的にやっていくことができなくなってくる。むしろ全体主義か独裁政権に近いような形で強圧的に政策を進めていかないと成り立たない。結局、新自由主義的な政策と民主主義とは合わないというところが一つのポイントであると思います。

 

内田: 今日(会場で)、秘密保全法案の反対署名を取ってくださっている方がいますけど、新自由主義の政策のパッケージが今ドーンと私たちの前にも押しつけられています。TPPも国家戦略特区も全部含めて。それを実現するためには秘密なんですね。TPPのキーワードは“秘密”。つまり、都合の悪いことは人々には一切教えない。教えないどころかすべての情報を吸い上げて監視し、マズイやつは取り締まるという極端な監視国家。権力の濫用が行われています。

  抵抗するヤツなどとんでもないという、それがまさに私たちの日常にも起こっていることですよね。だから、そもそも新自由主義というのは民主主義とは全く相容れない政策です。当然、暴力や監視、そういったものを手段として使わなければ実現できないというふうに私は思うのです。

 

中山: はい、まったくその通りだと思います。ただこのチリの事例では、その後数年間は多少の成果が現れたかに見えた。それで他の様々な国でもこれに沿ってやりなさいとして世界中に伝播していったわけです。とはいえ80年代になるとラテンアメリカ各所でうまく行かない、累積債務不履行でIMFが入って構造調整が行われました。この事象自体は決して無視されてきたものではないのですが、ナオミ・クラインの功績はもう一つのいわゆる“ショック”と結びつけたことだと思います。(映画の)冒頭のショッキングな映像、電気(ショックの人体実験で)、頭にビーっとやられる、あの“ショック”ですね。

 

内田: スゴイですよね。この映画の特徴は貴重な映像がもうふんだんに使われていて、あれはすごい。

 

中山: あれを初めに見せてその後にフリードマンが出てくる。つまり(電気)ショックと、経済によって受ける人々のショックが実は同質のものだという示唆です。

  結局、電気ショックは、その後に拷問の「メソッド(方法)」として確立していきます。戦争捕虜、あるいは戦争上の敵という言い方をしていましたけれども、そういう人たちに対して、施される拷問のマニュアルに取り入れられていく。ピノチェトのチリでまず展開され、さすがにマズイということで国際社会からも非難を浴びたことが、やがて何十年かして再現される。これがアフガンであり、イラク。つまり21世紀に入ってからのアメリカによるテロとの戦いでもう一度明示的に現れてくるのです。(中略)

 

オリンピックの裏では今恐ろしいことが起こってる

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中山: あともう一点、(会場の)皆さんもご覧になって比較的印象に残っていると思うのですが、ソ連の崩壊もポイントです。ベルリンの壁の崩壊のシーンも出てきましたけれども、自由主義世界は一般的に非常に歓迎しました。ソ連という秘密主義で何かわからない国が、自由主義世界に来ましたね、ようこそ、と。

  しかしながら映像を見ていただくと、別の側面がわかります。サッチャーがポーランドを訪問するあたりから共産主義社会、東側の世界へのショック・ドクトリン導入というニュアンスが伝わってきます。またソ連についても、ゴルバチョフはもともと計画経済でやっていた体制を資本主義の世界市場に開くのだから保護を掛けながら少しずつ段階的にやっていこうと思っていたのです。ところがG7に呼ばれて、援助が欲しければショック療法でやれ、と言われる。その後にエリツィンがクーデタになってという絡みから、まさにこのショック・ドクトリンが東側世界に適用されたことがわかります。当時ロシアは「移行経済」で何かいろいろ騒ぎになって大変だと西側の人間は見ていましたが、ショック・ドクトリンの切り口で見てみるときれいに整理できて、よくわかります。

 

内田: そうですよね、この作品はいろんな捉えなおしを私たちに提起していて、私はアメリカでの反応はわからないのですけれども、問題提起の大きな作品だと見ています。ただ残念なのは、日本社会の私たちというのは、いま言われたような文脈で、きちんと学んでいない。というかマスメディアも含めて、伝えてくれないので、ナオミ・クラインが立てた軸を理解できていないように思うのです。それが今の安倍政権でのいろんなことに全部つながっていると。そのあたりはどうですか、日本の特異な風土というか、現象については。

 

中山: そうですよね。ほとんど世界に逆行しているんじゃないか(笑)

 

内田: 相当トンチンカンな国だと思います。

 

中山: 今度は逆に、私が内田さんにぜひお話いただきたいのは、国際貿易の問題です。TPPは直接にこのテーマに関わります。内田さんは私が存じ上げているかぎりでも日本以外の人たちとネットワークを持っていて最近動いている状況まで把握していらっしゃるので、少しその辺りをご紹介いただけたらと思います。

 

内田: はい。それを言うと、もう本当に日本は、狂ったトンチンカンな国というふうにしか見えないです。もちろんそれは私もその責任を負う一人としてそこに存在すると言う前提ですが。とにかく通常の感覚や合理的には理解できないことばかりです。日本の話と引き寄せながらいくと、この作品を見て、日本にとってのショックって一体何だったんだろう、あるいは、ドクトリンというのは新自由主義的な政策そのもの全体ですけど、置き換えてみるとどうなるかと色々考えました。

  わかりやすくいえば、例えば自然災害という点では当然3・11の東日本大震災というのは未曽有の事故でしたし、続いて起こった原発事故も私たちにとっては、ああこんなことが起こるのだと想定外。日本中が大ショック状態に置かれていたわけですよね。けれども、やっぱり日本って特殊だなと思ったのは、映画に出てきたような直接的な暴力とか、自然災害も含めた、ああいうショックでなくて、私たちは何か感覚が麻痺しちゃっているのかもしれないと。戦後一貫して何か緩やかに真綿で首を締められている感じと言うんですか。電気ショックというのではなくて、なんとなくそのジワジワと支配されていて、もう何だか感覚自体が麻痺しちゃっている。その中でやられていることはやられているわけですね。だからメリハリがない。

  直近でいうと、自然災害や暴力ではないんですけどオリンピック。もう、あの、狂喜乱舞はいったい何なんだと。あれはある種のショックですよね。つまり、景気が悪いとか、未来はどうなるんだろうというすごくみんな内向きになっているなかで、オリンピックが来た!来るぞ!という強烈なカンフル剤と言ってもいいと思うんですけど、(それが)与えられた瞬間に、みんな日常の細かいことでウジウジしていることをパーッと忘れて、何か明るい未来になりました、と(笑)。

  でも、その裏では恐ろしいことが今起こっている。TPPもそうです。もう年内妥結と線が引かれていますし、秘密保全法も憲法も。それから国家戦略特区というのが、いまアベノミクスの最大の目玉として言われていて、徹底した規制緩和。解雇特区と言われてますが、そういうものがもうヒタヒタとやって来ている状況。私はアメリカの多国籍企業などがやはり意図を持ってこういう動きを作ってきていると思います。変な話ですが、向こう側が予想しないほど日本が従順なので、何か、あれ?っていう感じになっているんじゃないかという気もします(笑)

 

中山: はい、本当に圧倒的に時代遅れな感じがします。いま内田さんがオリンピックの話をしてくださったので、映画のもう一つのポイントを思い出しました。チリのところで、人々がスタジアムに集められて収容されたり、別の収容所に送られたりした後、同じスタジアムで(ソ連が棄権したため)、チリはワールドカップの誰もいないゴールにボールを入れて決勝に進みました。その後アルゼンチンもワールドカップをやるんです。高揚していく国民の様子がニュースに出て「いろいろ言われているけど、アルゼンチンは最高だ!」と。なんか「いろいろ言われているけど、日本は最高だ!」(と言っている)みたいでイメージがダブります(笑)

  結局そういうお祭りで国民を一体化し高揚させている。ワールドカップというのは格好の材料になるし、オリンピックも似ていて、それを否定したり、水を差すようなことをいうと「非国民だ」と。開催地が決まる前後とか、今もそうかもしれませんけれども、信じられないような言葉遣いで、一体化を阻むものを黙らせる力が働いているのは恐ろしいなと思います。

 

内田: 実際にオリンピックの前にということで、私もニュースを見てビックリしましたが、共謀罪とか、秘密保全法はもちろんなんですけど、“おもてなし”をいっぱいしなければいけないわけだから、危険な外国人とかいたら困るし、貧乏人もいたら困る。もう全部一掃ですよね。そのために市民的権利が剥奪されるとか、それこそ日本は世界一安全な国というのを何とかして維持する、そのためだけにいま政府は一生懸命になっている。

  法律ができればオリンピックが終わってからも、オリンピックの前にもいくらでも私たちの活動や発信する権利、自由にモノを考えるということ自体を取り締まれます。まさに便乗型です。反対運動をしている方々が周りにいますけど、本当に非国民呼ばわりですよ。もうコソコソ活動しています。オリンピック開催予定地にある都営住宅などは今度立ち退きになるんです。そこの自治会長さんに会ったときに言っていましたが、もう文句ひとつ言えない状態みたいです。これからますます日本もそうなっていきますよ。(中略)

 

TPPを見越した惨事便乗型ビジネスがすでに動いている

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中山: もう一つポイントを思い出したので確認しておきたいのは、「惨事便乗型資本主義」です。これは「Disaster Capitalism」を上手に訳したわけですが、映画の中でナオミ・クラインがハリケーン・カトリーナの調査に行ってたシーンが出てきます。つまり、ショック・ドクトリンとはアメリカが世界の支配者として第三世界を食い物にしている、旧東欧や東側世界を蝕んでいるとか、そういう話ではなくて、アメリカの内部でも進行し、貧しい人がさらに貧しくなっても全く助けが来ず、復興できない。その話とその後のイラクが重なっています。(イラクの)復興といって巨額を投じれらるが、すべて外国企業がやっている。復興、復興と掛け声だけは勇ましいが、いざ(フタを)開けてみると電気も水道も全く通っていない。あの巨額のお金はどこに行ったんだろうと。

  さらにここに関わるもう一つのポイントは少し長いスパンを持った惨事便乗型ビジネスの存在です。災害とかショックがあったらこれ幸いで、ショック療法がうまく行こうが行かなかろうが惨事便乗型資本主義は勝つという強いメッセージが出ていて、これは書籍の時よりも映画で、特に後半部分で強調されています。

 

内田: その意味ではTPPはまさにそうです。国と国が交渉しているという形にはなっていますが、貿易の協定が発効すると、貿易する主体は企業です。だから改めて言うまでもないですけれども、アメリカにせよ日本にせよ、どこの国にせよ、貿易交渉の実際のその裏側、裏でもなく表に出てますけど、大きい顔をしてほとんど政府をもうエージェント化し、自分たちの出先機関のようにして交渉させているのがアメリカの多国籍企業の姿なんですよね。それは軍事産業とも当然つながってくるとも思います。イラクでどれだけの企業が儲けたかというのは映画でも出ていましたし。

  日本も秘密保全法が次の国会に出されます。もう富士通とか、いろんなそのシステム会社は具体的にそれが稼働できるようなシステムをもう作っているんです。官僚にタブレット端末を持たせて。強固なセキュリティーを政府の側は持ってなければならないので、人々を取り締まるのとはまた別に、もう開発して持たせているらしいのです。今インドネシアのバリでAPECが行われていて、試しにTPPの交渉担当官に持たせて使っているという話があります。まさに経済政策という裏でビジネスはガンガン動いているわけです。TPPを見越してもういろんな企業がすでに動いていますし、そこを私たちはもう一回見て行かなきゃいけない。(中略)

 

抵抗の一歩は記憶を抹消されないことだ

内田: 時間がなくなってきたので、あとどうするかということを含めて考えていかなきゃいけないんですけど、私は日本の喫緊の課題としていくつか本当にヤバイなというのが、TPP、秘密保全法、憲法、そして国家戦略特区。これなどはまさにショックドクトリンやりたいって言うのをポロッと言っちゃっているんです。有識者のヒアリングというのがあって、そのワーキンググループのメンバーが「これやるには火事場を作らなければいけない」と発言している。議事録にも残っている。つまり、みんながビックリして、動乱している隙にやらなきゃと言っているんです。まさにショック・ドクトリンの世界です。

  ですからそういったものが畳みかけるように私たちの目の前に出てきたとき、みんなそれぞれ(の分野で)反対運動をしている人たちはいるんですけれども、シングルイシューになっていて全体では本質的に何が起こっているかっていうことがいまいち見極められていない、どうしたらいいかなといつも思うわけです。最後の方でナオミ・クラインも「歴史を抹消させないこと」と言っていましたけれども、その辺で何か示唆があれば。

 

中山: 映像の後半、短いカットですけれども「抵抗の一歩は記憶を抹消されないことだ」という場面があります。チリで自動車事故に見せかけて暗殺された経済学者・レテリエルの奥さん(イザベル・モレル)をナオミ・クラインが訪ねたときにモレルがいう言葉です。ピノチェトはとんでもないことをして自分の夫を殺した、私は彼を愛することはないけれども、非常にいろいろ学びました、悪が何かわかった、といい表情をして言うシーンがありますね。すごく印象的です。記憶を抹消されないようにすること。これだなと思いました。

  つまり、何かいろんなことがあって、日本で言えば震災や原発災害とかのことかもしれませんが、その後次々いろんな目眩ましがくる。日々忙しい上に、何かおめでたいことを無理やり持ち出されたり、火事場が作られたり、これから何が来るかわかりませんが、そのときはワーッと気を取られると思うのですが、このワーッとなる前、自分は何を考えていたか、あるいは自分たちにとって重要なことって何だったか。それを消す力がものすごい勢いでかかってきた時にそれを消さないように抗う。

  さっき内田さんが仰ってくださったように、いろんなところでそれぞれの人が闘っているという状況はすごくあると思うんです。だけど、それぞれ無力だと。私も脱原発のイベントなどに行きますが、「デモやっても何になるの?」とよく言われます。それでも、それぞれの持ち場で、抹消されないように、これが大事なんだよねって、勝ちはしなくても抗い続ける。本当にそれぐらいしか策がないと言えばないんですが、そのことじゃないかなと思います。(まとめ・花岡英治)

 

講 演:『ショック・ドクトリン』上映会+トークライブ
講 師: 中山智香子さん(東京外国語大学大学院教授)
              内田聖子さん(アジア太平洋資料センター事務局長)
開催日: 2013年10月5日(土) 
会 場: 東京ウィメンズプラザ・ホール
共 催: NPO法人アジア太平洋資料センター(PARC)

 

 

 

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カテゴリ: 講演会報告